リストのいる部屋

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血縁

先日、テレビで若い狂言役者の母親が、 息子のPRなどを兼ねて堂々と記者会見に応じている様を 私は感心して見ていた。

世の中には様々なタイプの母親がいる。 うちの子が一番だと確信しているもの、また、 我が子は人に迷惑をかけているのではないか、 奢って人の「正しい道」から外れているのではないかと 常に不安におびえているタイプである。

我が母親はといえば、コンサートには必ず現れるが、なるべく 人目につかないように隅で息をひそめて聴いている。会場で見かける知人などに 挨拶するのも気が引けて、一刻も早く帰宅したいと思うのは 「息子の演奏が人様に迷惑をかける類のものではないか、 人としての修行が足りていずに堕落しているのではないか」と いう恐怖心に駆られるからである。 (以前、母親はホールで悪友Yを見かけ、不安そうに 「あの・・・あれで、いいんでしょうか・・・」と尋ねたという。) コンサート後のサイン会の席から、コートを羽織って会場をあとにする 客に混じって母親の姿が見える。帰宅する母親の後姿はいつも 意気消沈といった按配で、見ていてなんとも痛々しい。 彼女は心配しすぎて、毎回疲れきってしまうのだ。

先日などは演奏会の前日、ピアノに向かっているときに電話がかかってきて、 「あなた・・・練習してるの?」と聞かれた。 普段の生活の詳細を報告するのを怠っている私の責任も あるが、コンサートの直前に練習していないのではないかと 思われているかと思うと、私はしばし言葉を失い、考え込んでしまう。

つい最近、国立の音楽大学を定年退官されたK教授が大学にて最終リサイタルを なさったのだが、そのK先生に、90歳を超えた母君が 「○子(K教授の名前)、コンサートでしょ、練習しなさいよ。」 と仰ったという話を先生ご自身から直々に聞いて、 私は大笑いしたあとに、心底感心してしまった。

つまり母親とはそういうものなのである。なだめてもなだめても、 まるで泉の底から滾々と湧き出でる水のように心配が尽きないもので、 それがなければ母親ではない。始めのころは安心させようとして、 新聞や音楽雑誌に良い批評が出たり、賞をいただいたりしたら いの一番に電話をして、報告するように努めたが、 母親というものはその時はうれしくても、 また翌日から同じ密度で心配しはじめるのだ。 「あの親切な記事は社交辞令でしょう・・・・賞はたまたまで・・・ 次のコンサートでは気を抜いて、堕落・・・」と言う風に、果てしなく続く。

昨年の暮れに、私は練習を中断して 一度電話でなだめるようにし、先日は長いメールを送った。 多分、それぞれの「なだめの効力」は約一日ぐらいと分かっていながらも・・。

私がそんな話を、私の30年近く年上の先輩にしていると、 「あなたの存在自体が親孝行なんだよ。心配の種が生きるエネルギー になっているのだから。“私が戒めないと、息子は落ちぶれる!”と 信じさせておあげなさい。そのエネルギーが途切れてしまうときから 親は弱るものだよ。」と言われた。 その方はつい昨年母君を亡くされるまで、献身的な看護を続けてこられた。

私は長年、親孝行とは かわいいさかりの3歳までにし尽くして、 あとは一方的に苦労をかけてしまうものだと 私は両親の負担を思い、 常に罪の意識に苛まれてきた。 しかし、なかなかどうして血縁というものは そんなに簡単な繋がりなどではなく、 ギブアンドテイクのバランスが成り立つように うまくできているように思う。 親の活力となる「生きた心配の種」として私は生涯 なだめの手を休めることはないのであるから。

(月刊「ショパン」5月号掲載)