リストのいる部屋

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Special

ふわふわしたもの

ドビュッシーのプレリュードの各曲には表題がついているが、 それぞれのタイトルは譜面の冒頭にではなく、 曲の最後に括弧付きで表示されている。 しかもタイトルのあとには「・・・」とあり、 ドビュッシー自らがつけたつけたタイトルを わざとお茶で濁すような、曖昧な書き方に なっているのを興味深く思う。 これの意味するところは何か?  こんなことを私がふと考えたのは、 とあるラジオ番組で司会者に 「フランス音楽のエスプリとは何だと考えますか?」 という質問を受けたからである。 確かにエスプリという言葉はは直訳することは 容易であるが、用途は曖昧で、 真に意味するところは今ひとつ鮮明ではないように思う。 私は以前、ある企業の経営責任者と 食事をした時の会話を思い出した。 その会社がプロデュースするハンドバッグなどの製品は、 女性なら誰でも一度は持ってみたいと思う、 いわゆるデザイナーズブランド商品である。

「私どもの商品の価格が高価なのはなぜか分かりますか?」 その女性社長は私に問いかけ、非常に興味深いことを述べた。 「原価にそれほどコストはかかってはいません。 我々がプロデュースしているのは お客様のイメージを広げるための、 『ふわふわした部分』なのです。」 デザイン料や広告がコストの大半を占めるのは当たり前だが、

最も重要なセールスポイントは カスタマーの想像力をかきたてる「曖昧な」 部分だと言うことを聞いて、 私はなるほどと思い、思わず膝を打ったものだ。

ドビュッシーの指示する「・・・」は まさにこれに相通ずるものはないだろうか。 少し古い言い方をすれば、ファジーな指示を することによって弾き手を束縛せず、 イメージを広げさせる余地を残し、想像する自由を与える。 楽譜の指示を忠実に再現するのはもちろん 重要なファーストステップであるが、 最も感じ取ることが困難なのは、音符の羅列の裏に隠された、 作曲者の意図するところのふわふわしたもの、 つまり「真の旨み」なのである。